眠る君に


 艦内に割り当てられた自室に戻ってくれば、もう一人の住人はすっかり夢の中だった。
 その周りをトリィが跳ねるようにちょこちょこと飛び回っている。

「―――気持ち良さそうに寝てるな。」
 近づいてその顔を覗き込むと、本当に気持ち良さそうに寝ていて。
 思わず笑みが漏れた。

 キラが寝ているのを見るのは久しぶりだ。
 互いに時間が合わなくて、寝る時間はおろかここ数日は食事さえ別々になっていて。
 姿を見てもそれは背中だけだったり、声さえもずっと聞いていない。
 本当は話したいこともたくさんあるけれど。
「…まぁ良いか。」
 寝ていてもこうして寝顔が見れただけで今は満足だと思うことにした。
 ぐっすりと眠るキラなんて最後に見たのは月の頃だ。
 あの頃のように一緒の布団に寝るような年でもないし、第一それはこっちの理性が保たない。

 背を丸めて寝る仕種は相変わらずだな と、くすりと笑って空いたスペースに腰掛ける。
 加えられた重さでベッドが少し揺れても、キラはわずかに眉を顰めたものの起きる気配もなく。

「疲れてたんだな…」
 労るように 顔にかかった髪を払ってやる。
 さらりと流れる癖の無い髪は、見た目より柔らかく手に馴染んで。
 そのまま手を差し入れて何度も丁寧に梳く。
「ずっと、こんな時間だったら良いのに。」
 穏やかに、静かに。
 それはとても儚い夢だと分かっているけれど。
 それを取り戻そうと、今戦っているのだけれど。


「いつかくる未来も、お前とこうしていたい…」
 小さな本音を呟いて。
 梳いていた手を止めて頬へと滑らせた。
 感じる熱は、今彼がここで生きている証。
 一度は失って、また取り戻せたもの。
 今度こそ失くさないと誓った、唯一の大切な。

「愛してる」

 言葉とともにそっと唇を重ねる。
 本当に一瞬で、すぐに離してしまったけれど。


「…寝ているお前には言えるのにな。」
 まだ眠るキラを見つめて苦く笑う。

 伝えるにはまだ勇気が無くて。
 受け止めてもらうにはあまりに途方も無い願いで。
 伝えれば、今まで築いてきた関係さえ変わりかねないものだから。

 ―――寝ている彼に気づかれない愛を。
 それは昔から隠してきた行為。
 積み上げられた小さな罪。


 すぐに立ち上がってまた部屋の外へと向かう。
 このままでは寝れそうにない。
 展望室にでも行って頭を冷やすことにした。
「トリィ、キラを頼む。」
 肩に降りたトリィに告げれば、分かったとでも言うようにまたすぐに飛び立つ。
 そしてアスランは一度キラの寝顔に微笑んで、閉まった扉の向こうに消えた。








<オマケ>
気配が消え去った頃、ぱちりと紫の瞳が開く。
たった今目覚めたとは思えないほどはっきりと。

「―――本気だったんだ…」
吐息のように漏れた言葉。
そのやたらのんびりした口調とは対照的に、表情は複雑そうに真っ赤で。
あまりに予想外の衝撃で、パニックを通り越してほうけてしまった。
本当のところ頭は真っ白だ。
「気づかないフリ、できるかな…」

きっと初めてじゃないんだろうなぁなんて、
どうでも良いことまで考えてしまうほどには混乱していたらしかった。








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お題(?)は「内緒」。でもバレてる(笑)



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