夢と現実
目が覚めて、いつもそこにいるはずの彼がいないことに違和感を感じた。
「あ、れ…?」
いつも包んでくれている広い腕が無い。
僕を抱きしめて寝るのが 昔からの彼の癖。
最近は特に、"居なくなりそうだから"とその傾向は強くなって。
「飲み物でも飲みに行ったのか、な―――…!?」
自分もそうしようと起き上がって、その瞬間キラは息を呑んだ。
だんだんと顔が青褪めていく。
「ど、して…」
辛うじて絞り出した声は 自分でも分かるほどに掠れていた。
「どうして、僕は ここに……」
自分の居る状況が把握できない。
いや、拒絶しようとして受け入れきれないのだろうか。
自分が座っているこの場所は。
見間違おうにもそんなことはできない。
ここは、―――アークエンジェルの士官室のベッド。
すっかり寝慣れてしまった、少し固めの それ。
「そんな… だって、戦争はもう終わって…」
確かに終わらせたはず。
彼と、仲間達と、確かに。
世界は平和になったはずだ。
そして2人は一緒に暮らしていて。
昨日だって一緒に眠ったはずなのに。
彼の腕の中で 確かに目を閉じたはずなのに。
「一体 どういう…」
続くはずの言葉は、けたたましい音によって遮られた。
「っ!!」
ビクリ、とキラの身体が跳ねる。
―――第一戦闘配備のアラート。
忘れかけたはずの音。
もう聞かなくて良いと、安心すらしたはずのあの音。
聞きたくない。
行きたくない。
僕はもう戦いたくない。
けれど、身体は勝手に反応して制服に腕を通し始める。
幾ばくも待たないうちに準備を終えて、キラの身体は部屋を飛び出した。
目の前によく知った後ろ姿を見つけて歩を早める。
「フラガ少佐!」
さらに呼びかければ速度が緩んで。
隣に並ぶと彼は挨拶代わりに肩を軽く叩いた。
「少佐、この事態は…?」
「奴等が来たんだよ。」
戸惑いがちに尋ねた言葉に、あぁもう しつこい!と苛立ちを隠さず彼は返す。
「奴等って…?」
聞きたくないのに。
頭が否定したいのに。
打ちのめされると分かっていて 口が勝手に紡ぐ。
「ザフトに決まってるだろ。って、大丈夫か? ひょっとして寝惚けてないか?」
呆れでなく 心配そうに覗き込んでくる少佐に、曖昧に笑みを作って。
胸を抉る感覚を必死で隠した。
ああ、やっぱりそうなんだ。
僕らはまだ敵同士なんだ。
…じゃあ、今までのは夢?
君と仲直りしたことも、想いを通わせたことも。
あの幸せな日々も。
君と一緒に戦えるようになったことすらも?
あれが夢というなら。
この長くリアルな記憶が夢だというなら。
なんて残酷な夢だろう。
「しっかりしろよ。俺たちがいなきゃ皆殺られちまうんだ。」
そう言って 少佐は先に待機室へと入っていってしまった。
けれどキラは立ち尽くして、続けて入ることを躊躇う。
僕らは、敵。
君は僕を、僕は君を。殺さなきゃいけない。
でも。
そんなことできないよ…!
気がつくと目の前にイージスが迫ってきていた。
それを間一髪で避けて 距離を取る。
いつになく容赦無い彼の攻撃。
彼の本気が伝わってくる。
でも、攻撃なんてできない。
知ってしまったから、夢が頭を掠めてしまうから。
君と僕との幸せな日々が。
きたはずの未来が。
「どうして…!?」
思わず叫んでいた。
「僕は君と戦いたくなんかないのに!!」
『―――もう遅い。』
「っ!」
低い、静かな声が。
身体に電流が走るように響いた。
『お前が殺した。』
憎しみの声が聞こえる。
彼の声で。
愛しい声が心を傷付ける。
『お前は、俺が殺してやる。』
心が冷える。
僕の時が止まる。
そして、涙が溢れた。
『キラ』
あれは夢?
これが現実?
君は 僕を恨んでる?
殺したいほど憎んでる?
もう、戻れない…?
胸が痛い。
心が痛い。
だってそんなの、
僕らが憎みあうなんて、
「嫌だよ アスランーーーーっ!!」
「キラ!」
「…っ!?」
ビクッとして目を見開くと、自分の身体は何かに包み込まれていた。
温かくて優しくて。
煩いほど強い自分の鼓動と重なって、もう1つ聞こえる別のそれ。
そこに意識を合わせると 少しずつ落ち着いてくる。
荒くなった息もゆっくりと整えていった。
「魘されていたのか?」
覗きこんでくる瞳は深いエメラルド。
心配そうな顔で気遣って、汗で張り付いた前髪を優しく梳いてくれる。
よく知っているはずの距離。
「ア、アスラ…?」
けれど 半ば信じられないような心地で彼を見上げる。
さっきの言葉が頭に張り付いて離れない。
僕を憎んでいた君の声。
"殺す"と言われた。
静かで とても怖かった。
「どうしたんだ?」
でも今は、優しくて甘すぎて。
向けられた表情も柔かく優しくて。
分からない。
頭が混乱した。
「キラ、大丈…」
「こっちが本当、だよね…?」
震える指を彼の服を握り締めることで抑えて。
「キラ?」
何を言っているのか分からないのか、アスランは困った顔をしている。
でも、それに返してあげるほどの余裕は無かった。
「これは夢じゃないよね? 戦争は終わったんだよね? 君とも戦わなくて良いんだよね?」
戦争はもう終わっていて。
僕らは一緒に暮らしていて。
僕は君が好き。
君も僕が好きだと言ってくれた。
それが本当なんだよね?
「当たり前じゃないか。もう良いんだ、お前は戦わなくても。」
頬に残る涙をアスランは指で掬って。
でもその表情は痛々しげに僕を見ている。
「…まだ 癒えてくれないんだな。」
どんなに今が幸せでも。
1度受けた傷を癒してしまうにはまだ早すぎて。
自分の存在を示すように、こちらが現実であると伝えるように。
アスランはキラの身体を力の限り強く抱きしめた。
「俺はここにいる。もう2度とあんなことにはならないから。」
「…アスラン……」
その優しさに応えたくて、キラもまた 服を掴んだ手に力を込めた。
怖いね
とても怖いよ
今が幸せであればあるほど
夢だったらと、怯えてしまう
偽りかもしれないと、不安になる
怖い
怖いよ アスラン
今 この時さえも
夢じゃないかと思うくらい
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めちゃめちゃシリアスに…(汗)
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