君だけ
アスランはモテる。
容姿も然ることながら、その周りとは違う雰囲気も、追随を許さない能力も。
女の子達には"特別"に見えるらしい。
だから、こういう場面も初めてではないし。
僕がこうして遭遇してしまうのもたまにあることで。
扉を開けようと伸ばした手をぴたりと止めた。
先生に呼ばれて、軽い頼まれごとをされていた。
アスランには教室で待っているように頼んで。
わりと時間がかかって戻ってきたらコレ。
入るわけにもいかなくて、僕はそこから動けなかった。
「ごめん…」
アスランの声が聞こえる。
これも聞き慣れた返答。
アスランは誰に対しても同じ返事。絶対にYESとは言わない。
僕はその理由を知らないけれど。
「どうして!? 他に好きな子がいるの!?」
ヒステリックな声が聞こえて、アスランがため息をついた気がした。
「―――そうだよ。」
「っ誰!?」
僕も驚いてしまった。
だって、僕も聞いたことがない。
アスランに好きな子がいる?
いつも一緒にいたのに、そんな素振り 見せたことない。
「君に答える義務はない。」
「なっ!?」
誰に対しても優しいアスランが突き放すように言う。
これはかなり機嫌が悪い状態。かなり苛ついてるみたい。
「それに聞いても無駄だ。…俺にはその一人以外、必要ないから。」
…その言葉は、何故だか僕にも痛かった。
「…何やってるんだ?」
不思議そうな顔をして、アスランが座り込んでいた僕を覗き込んでくる。
さっきの女の子はアスランが出てくる前に走り去った。
「急に入っていくのもアレかなーって思ったから。」
「は?」
立たないまま上目使いに見れば、彼は怪訝そうな顔。
「変な場面に出くわしてばつが悪いのっ」
ふいっと顔を逸らす。
それでアスランも察しがついたようだった。
「…聞いてたのか。」
その言い方はちょっと辟易した様子で。
アスランは僕にこういう場面を見られるのも嫌みたいだから。
それは恥ずかしいのとは違う、そう言われたことがある。
「ごめん。聞くつもりはなかったんだけど。」
「仕方ないさ。場所が場所だ。」
「…他人事みたいに言うよね。」
立ち上がりながら少し呆れたように言えば。
「俺には似たようなものだ。」
なんとも冷めた返事が返ってきて。
かくんと肩を落とした。
「でも驚いたなー」
「何が?」
「アスランに好きな子がいたって。僕全然気づかなかった。」
「え…?」
その瞬間アスランが見せたのは、ひどく傷ついたような表情で。
僕の方がきょとんとしてしまった。
「ホントに、気づいてない、のか…?」
「へ?」
でも、だって、アスランそんな話したことないし。
いつも一緒にいたけど女の子なんて見てなかったし。
でも、じゃあなんで、アスランはそんなに苦しそうなんだろう。
…あぁ、そうか。
「…ごめん…」
そうとしか言えなくて。
「親友として失格だよね。言わなくても気づくべきなんだよね、ここは。」
アスランは僕が言わなくても気づいてくれるんだから。
僕もそうあるべきなのに。
「いや、そうじゃない… キラは謝らなくて良い。」
「でも、気づかなきゃいけなかったんだ。それで協力するのが親友なのに。」
もっともなことを言ったつもりだった。
僕はそれが正しいと思ったし、一般論はそうだから。
だけど、それを聞いたアスランは もっと悲しそうな顔をした。
「キラは… 優しくて、残酷だな。」
「え?」
アスランが言いたい意味が理解できない。
すごく寂しそうなのに、何を望んでいるのかが分からない。
もどかしかった。
「俺が望んでいるのは常に一人。分かってくれていると思ったのに…」
「アスラン…?」
頬に添えられた手にびくりとした。
でもじっと見つめてくるエメラルドが潤んで見えて、目が離せなくなる。
「こんなに見ていたのに。気づかなかった…?」
「アス…」
「ずっとキラだけを見ていたのに。」
切なげに揺れる瞳がいつもより近い。
心臓が大きく跳ねて、何だか熱っぽい感じまでしてきて。
「俺は、キラ以外に必要なものはないよ…?」
―――好きなんだ…
耳元で囁かれて、心臓が飛び出るかと思った。
それはその声がとても甘くてドキドキしたのもあるけど。
でも。
「えっ えぇっ!?」
目の前がぐるぐるする。
アスランが好きなのは僕??
でもアスランは男で、僕も男だよ?
なのに好きって…
「えぇーっ!?」
「って本当に気づいてなかったのか…」
再度驚く僕を見て、アスランは脱力したように項垂れた。
「え、あ、ゴメン…」
申し訳なくてしゅんとする。
だって本当に知らなかったんだ。
「でも、僕、男なんだけど?」
「性別なんて関係ない。俺はキラだから好きなんだ。」
顔を上げたアスランは真剣で、それは本気なのだと分かる。
「キラは? キラはどう思ってるんだ?」
「えっ?」
突然の質問に戸惑ってしまった。
どうって…
「好きか嫌いかって言われたらもちろん大好きだし…」
うーんと考える。
アスランが真剣なら僕もちゃんと答えなきゃいけない。
「これが恋かは分からないけど… 好きって言われてドキドキしたし、一人しか必要ないって聞いた
時は胸が痛かった。」
僕もアスランが"好き"なのかな?
アスラン以外にこんなにドキドキしたりはしないし。
「―――うん。僕も、好き。」
照れながら返したら、パッとアスランの顔が明るくなった。
「ホントに?」
「う、うん…」
あんまり何度も言わせないでほしい… 恥ずかしいんだけど…
「良かった。」
胸をなでおろしたアスランの、ほっとした笑顔。
またドキリとした。
何だか今までと見え方が違う。
「帰ろうか。」
手を差し出されてちょっと躊躇いながら取る。
変だな、いつもしてることなのに。
ドキドキしてたら、アスランの指が僕の指に絡んで。
ますます驚いてしまって。
「今日から恋人同士だから。」
こうするんだってアスランが笑って言って。
嬉しそうだから僕も嬉しかった。
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それで良いのか キラ…
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