ラブレター


「彼女ができた!?」
 放課後、ふらりといなくなったキラを教室で待っていて。
 戻ってきて本人から伝えられた言葉にアスランは愕然とした。
「うん♪ 手紙もらったからOKしてきた。」
 この世の幸福を一気に手に入れたかのような笑顔のキラ。
 こんな表情はアスランでも滅多に見れるものじゃないくらいで。
 それを見てアスランはなんとも言えない気分になった。

 キラが告白されるのは初めてじゃない。
 どんなに俺が目を光らせていても見落とすことはあって。
 けれどそれほど心配しなかったのは それをキラは全て断っていたから。
 キラのそういう所は俺の教育の賜物だ。
 だからキラの隣にいるのは常に俺で、誰も2人の間には入れなかった。

 俺はキラが好きだった。
 出会った時から好きで好きで。
 キラは親友だと思っていたけど、俺はそういう風には思ってなくて。
 黙っていたのは それを知ったらキラが離れていくと思ったから。
 それが怖かった。
 でも、今ほどそれを後悔したことはない。
 他人に取られるくらいならその前に手に入れておけば良かった。

 けど キラは本当に嬉しそうに笑っていて。
 1番に俺に伝えたかったと、態度から分かって。
 その信頼が俺とキラを表していたから。
 それに答えるべく、暗い気持ちを全て奥に押し込んでキラの方を見た。

「…どんな子なんだ?」
 思った以上に冷静な声だった。

 キラが選んだのなら仕方がない。
 だったら その子がキラの相手に相応しいか見極めてやる。
 それで相応しくなかったら どんな手を使ってでも別れさせるからな。

「んーとね。見てもらった方が早いかな?」
 アスランの気持ちにも全く気づかない様子でキラは笑うと、教室の開いた扉の影に呼びかけた。
「紹介するからこっち来て。」


 おずおずと、控えめに扉から現れた少女。
 腰まである黒髪を後ろで1つに束ね、着ている服は紺のワンピース。
 どちらかというとおとなしめ、といった雰囲気で、特別可愛いという印象はない。
 どこにでもいる女の子だった。
 俯いた顔は真っ赤で 入ってきた所で固まってしまっている。
 キラはそれに苦笑いすると彼女の傍に寄って行って手を引いて連れて来た。

「アスラン、この子だよ。可愛いでしょ♪」
 キラの言葉に彼女はますます顔を赤らめる。
 ほら、とキラに言われて彼女は初めて顔を上げた。
 澄んだ水色の大きな瞳が少し潤んでいる。
「メイリン…です…っ」
 そう言ってペコリと頭を下げたまま動かない。
 思った以上に控えめな性格らしくて、よく告白なんてできたものだと感心してしまった。

 でも、この子ならキラにお似合いかもと思ってしまって。
 まだ納得はいかないけれど 妙に諦めた気分になった。
 いっそこの子が傲慢で 無理矢理彼女になったのなら力尽くで引き離してやるのに。
 こんな子じゃ逆に俺が悪くなってしまう。
 それ以前にそんな気も失わせるような子だった。

 それに、キラが選んだ子だ…

 胸が痛くないわけはない。
 だけど俺は「親友」だ。祝福するべきだろう。

「キラをよろしくね。」
 ニッコリと笑顔を向けて言えば、彼女はハッとして顔を上げて。
 すまなそうな表情を一瞬だけ見せた。
 でもそれは小さな「ありがとう」にかき消されて。
 アスランは気になったものの、気のせいだと思い込んだ。


「じゃあ俺は先に帰るよ。」
 鞄を手に持って立ち上がる。
 今からキラの隣は彼女のものだ。
 俺に邪魔する権利はない。
「え? アスランも一緒に帰ろうよ。」
 けれど、キラはその申し出に驚いたように返してきた。
「…お前 何言ってんの?」
 本気で呆れた声が出る。
 彼女だろ?
 普通2人で帰るもんだろ?
「3人とも家の方向一緒なんだしさ。あ、そうだ。朝も一緒に行こうよ。」
「キラ… お前な……」
 どうして俺がこんなこと言わなきゃいけないのか分からないが。
 思うこと自体不本意だが。
「付き合ってるなら俺は邪魔だろう?」
 自分の言葉が胸に刺さる。
「邪魔じゃないよ。3人が良いんだ。」
「え?」
「アスランが嫌なら仕方ないけど メイリンがそれで良いって言ってくれたから。」
 ね? とキラが振り向けば、メイリンは首を縦に振っている。

 この2人が考えていることが分からない。
 普通は2人きりになりたいものじゃないのだろうか。
 それともそれが恥ずかしいのか。
 何はともあれ 俺自身、キラから離れたくはなかったし。

「分かったよ。」
 呆れた様子で言ってやれば、何故か2人は手を取り合って喜んだ。



 いつもと同じ帰り道。
 でも今違うのは1人多いこと。
 キラを間に挟んで3人横に並んで歩いている。
 少し離れようとアスランは考えていたが、その度にキラが話を振ってくるからそれもかなわない。

 話せば話すほど、彼女はキラにお似合いで。
 正直羨ましかった。
 最初はおどおどしていたけれど、笑顔を見せるようになると可愛くて。
 すると必ずキラも笑顔で彼女を見るから。

 いつまで耐えられるだろう。
 そんなことをふと思った。


「ゴメンね…」
 もうすぐ彼女の家に着くという場所で。
 ぽつりとアスランには聞こえないほど小さな声でメイリンが言った。
 それにキラはくすりと笑う。
「気にしないで。良いよって言ったのは僕だもの。」
 そっと、彼女の震える手を握ってあげる。
「だから僕に任せて。」
 顔を上げた彼女と目が合って、キラはニッコリと笑った。
 それで緊張が解けて彼女も笑みを返す。
「よく出来たね。明日からもそうやって笑っててね。」
「うん…」

 囁き合う内容は聞こえなくても楽しそうに笑っている姿は隣のアスランから見えていて。
 手を繋いでいるのも見えてしまった。
 キラの隣を離れたくないからと承諾したものの、これをずっと見ているのはけっこう辛かった。
 でも離れる痛みよりはマシだと言い聞かせる。


 そうして、この奇妙な関係は出来上がったのだった。



 *******



「何考えてんだ お前は…」
 心底呆れた声で、アスランは何回目とも言えないため息をついた。

 キラに彼女が出来てから1週間が過ぎ。
 でも俺の隣にはたいていキラがいて。
 違うのはキラの隣にその「キラの彼女」がいるってだけで。
 他は何も変わらない。

「えーっ でもメイリンが3枚もらったんだよ。だから行こうよ〜」
 キラが手に持っているのは遊園地のチケット。
 それを見せながら今度の日曜に行こうと誘われた。
「…メイリンはそれで良いのか?」
 最初は何も話さなかったが 今ではすっかり友達になった彼女を見る。
 よく考えたら2人の中に入ってきたのは彼女が初めてじゃないだろうか。
「私もそのつもりでもらったから。」
「ほら。だから行こうよ。」

 相変わらず2人の考えていることは分からない。
 2人は何をするにも俺と一緒を望む。
 その理由が分からない。
 普通は嫌がるものじゃないのか?

「…分かった。行くよ。」
 そんな2人に振り回されることにももう慣れて、毎度の如く諦めたようにアスランは答えた。





 日曜日は雲ひとつない快晴で。
 嫌がるアスランを連れまわして3人は絶叫系を網羅した。


 飲み物を買ってくる、とキラがベンチに2人を残して走っていって。
 途端に沈黙が降りる。
 よく考えたら、いつも3人だったから彼女と2人で話したことはない。
 何を話したら良いのかも分からなくて、微妙に間が空いたベンチで2人はそれぞれ違う場所を
 見て座っていた。


「…アスラン君って、キラ君が好きなんでしょう?」
 それは唐突の質問。
「……は?」
 沈黙が破られたものの、その言葉にアスランは僅かに眉を顰めた。
「違う?」
 じっとこちらを見てくる少女。
 淡いピンクのワンピース、可愛く飾った姿はキラのため。

 そして、出てきたのはちょっと意地悪な笑みだった。
「彼女の君が言うことじゃないと思うけど?」
 その返答にどんな表情をするかと思ったら、意外に笑顔が返ってきた。
「それは肯定だよね。じゃあ私たちはライバル?」
「そういうことになるかな。」
 隠そうとは思わなかったからあっさり認めた。
 今までだって聞かれなかったから言わなかっただけだ。
 彼女もそれをどう思うこともなかった。
「ありがとう。」
「え?」
 彼女の言った意味が分からない。
「アスラン君の本当の気持ち、知れて良かった。」

 彼女は何を言っているのだろう。
 俺の気持ちを? どうして?

「メイリン…?」
「あっ キラ君が戻ってきた!」
 アスランの視線を逃れて、彼女はさっさとキラの所に走って行ってしまった。
 結局彼女の言葉の本意は分からない。
「…何が?」
 何が「ありがとう」なのか、アスランには考えてもさっぱり分からなかった。





 それを聞いたのは偶然だった。
 担任と彼女が話しているのを偶然に聞いて。
 その時浮かんだのはキラのことで。
 だから彼女を屋上に連れて行ってすぐ問い詰めた。


「転校って…っ それはいつの話なんだ?」
「…明後日。」
 ばつの悪そうな様子で彼女は視線を逸らす。
「キラはそのことを知って…?」

「知ってるよ。」

 答えたのは彼女ではなく。
「キラっ」
 入り口のドアの前にキラが立っていた。
「知ってて今の関係になったんだ。」
 言って彼女のそばにやってくる。
「…メイリン。本当のこと言おうよ。」
「…うん。」
「? 本当の、こと?」
 アスランの疑問に答えるように、2人は顔を上げて見つめてくる。
 安心させるように、キラはメイリンの肩に手を置いた。

「アスラン君、ゴメンね。」
 最初に出てきたのは謝罪の言葉で。
 やっぱりその意味は分からなくて。
「転校が決まって悩んでいた時、キラ君が相談に乗ってくれたの。あのね、私…」
 そこで言葉に詰まって俯いてしまう。
 初めて会ったあの時のように、彼女の顔は真っ赤だった。
「メイリン。」
 優しく囁いて、キラは次の言葉を促す。

「―――私が好きなのは… アスラン君、なの。」

 語尾は消え入りそうで。
「…は?」
 言われた本人は事態が飲み込めなくて間の抜けた返答しか返せなかった。
 キラはその表情を見てクスクス笑っている。
「だって… 告白しても断られてすぐ忘れられると思ったから。」
 私のことを忘れて欲しくなかったの、と彼女は付け加えた。
「提案したのは僕だよ。彼女にアスランとの思い出を作って欲しかったんだ。方法は変だけど。」
「名前を覚えてくれて、話しかけてくれて、それで十分嬉しかったの。キラ君のおかげで悔い無く
 転校できるよ。」
 毎日一緒に登下校して、遊園地に行って。
 絶対に叶わなかった願いが叶った。
「アスラン君の気持ちは知ってたから 彼女になりたいとは思わなかったの。ただ忘れられない
 友達であれば。だから願いが叶って嬉しい。」

「…確かに忘れられないな。」
 ライバル宣言された、キラの"彼女"。
 キラに対して初めて負けた相手。確かに一生忘れられない。

「2人と友達になれて本当に良かった。これできっと 向こうでも頑張れる。」
「うん、メイリンなら大丈夫だよ。…僕のことも忘れないでね?」
「忘れない。キラ君には本当に感謝してる。」
 私の願いを聞いてくれて、そして叶えてくれた。
「ありがとうv」
 わざと彼に見せつけるように、キラの頬にキスをした。
 不意打ちのことだったから キラはきょとんとしている。
 アスランの方はピクリと眉を吊り上げたが、メイリンはわざと見なかったことにした。
「私、今はキラ君のことも好き。2人一緒が好きなの。見てて気がついた。」

 2人でいる時の2人が自然で。
 一緒に居たから見えた部分。
 無口だと思っていたアスラン君が実はすごく怒りん坊だったことも、周りに気を使ってばかりの
 キラ君がアスラン君にだけは甘えた態度を見せることも。
 きっと誰も知らない。
 私だけが知ってる秘密。

「…ずいぶんイイ性格になったね、メイリン。」
 最初はとても大人しい子だと思っていたのに。
 地を這うような低い声でアスランが言っても、彼女は気にしない。
「2人の前だから。私もいつもと違う自分になれたの。」
 誰とも話せなかった頃とは違う。
 今の自分ならきっと 新しい場所に行っても上手くやっていけると思う。
「それも感謝してるの。ありがとう。」
 キラが可愛いと言い、アスランもそう思った笑顔で。
「私、寂しくないよ。」

 本当に… ありがとう―――





 彼女が引っ越す日、2人で見送りに行った。
 彼女はずっと笑顔でいて。
 だから俺とキラもずっと笑顔でいた。
 別れる本当最後の時まで 別れの言葉は告げずに。
 最後、"サヨナラ"を告げた彼女はやっぱり少し目が潤んでいた。

 車が見えなくなるまでキラは手を振っていて、見えなくなった後もずっとそこを見つめていて。
 そんなキラの肩にぽんと手を置く。
「…帰ろう、キラ。」
「うん…」



「メイリンのこと好きだった?」
 2人で仲良く並んで帰る道で。
 さっきから何も言わないキラに向かって、でも前を見たままで聞いた。
「…友達として、ね。アスランの方こそ。どうなの?」
「俺?」

 ――― 早く伝えた方が良いよ。キラ君鈍いから。

 別れ際にそう言われた。

「俺は…」

 キラは黙って言葉を待っている。
 伺うような、何か期待しているような。

 …そんな表情するキラが悪いんだからな。

 そんな風に自分の我慢の無さをキラに責任転嫁して。

「俺が好きなのは―――…」
「え?」

 キラの視界に影が落ちて。
 唇に触れたものにキラは目をぱちくりさせた。
「キラだよ。」
「ええっ!!?」

 その真っ赤な顔は。
 肯定と取って良いのだろうか?







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