王子様と従者


 何処かの国の何処かのお城。
 その中にある この国の王子の執務室。
 見目麗しく頭脳明晰なエメラルドの瞳の王子様は、何の前触れもなくまるで華が咲いたような
 満面の笑顔で、傍らに立つ従者にこう言った。

「ねぇ、キラ。俺と結婚しない?」

「馬鹿なこと言ってないでさっさと仕事を終わらせて下さい。」
 コンマ一秒。
 手にした書類に目を通したままですっぱりと切り捨てる。
 返答に間もなければ迷いもない。
 そのセリフはもう聞き飽きた。
「本気なんだけど?」
 王子は諦めていない様子。
 そして それもいつものこと。
 笑顔を深めて彼の顔を覗き込むようにして見ている。
 けれど、相手は一瞥もくれずに書類を捲った。
「僕にそんなこと言ってる暇があったら 何処かの姫君にでも言ってやって下さい。」
 いい年してまだ決まった相手もいない。
 王子としてそれはどうなんだろうか。
「俺はキラ以外に言う気はないんだけどな。」
「僕は男です。」

 いつもの返答 いつもの会話。
 それら全ては毎日の挨拶のようなもので、慣れてしまった今では気にもならない。


「小さい頃からキラだけを想っているのに いつの間にこんな反抗するようになったのか…」
 "結婚しよう"の言葉だってずっと言い続けているのに。
 昔は"良いよ"って言ってくれたのになー。と、遠い目をして浸っている。
 それでも向けられる視線は冷たい。
「…アスランが馬鹿なことばかり言うからだろ。」
 そういうセリフは女性に言え。
 敬語はもう止めたらしい。
 書類は手にしたままでそう言った。

 元々幼い頃から一緒に育ってきたのだ。
 昔は敬語なんてものは使っていなかった。
 しかも今ここには2人しかいないし、変なことを言う相手に敬語を使うのも馬鹿らしい。
「早く結婚して王様を安心させなよ。この前だって泣きつかれたんだからね。」
「父上… 俺の知らない所でキラと話すなんて…」
「ツッコむべきはそこじゃない。」
 でもまぁ この人の異常な独占欲もいつものことだから、とキラも諦めて それ以上言うのは
 止めた。

「本当に早く決めてよ。じゃないと僕まで結婚させられそう。」
「何!?」
 ため息混じりに告げた言葉に、相手は即座に反応を返してきた。
「僕がすれば君もしてくれるって思ったんじゃない? 昔からなんだって一緒だし。」
 それと結婚が同レベルかというのはこの際置いといて。
 周りもかなり切羽詰ってるんだろうなぁと 言われた時のキラは暢気に思った。
「そんなの認めないからな!」
 ガタンと勢いよく立ち上がれば、風で書類が舞う。
「別に君が認めても認めなくても 僕にだってその気はないし…」
 そこまで怒りを露にして言うことかな…?
 今の衝撃で落ちた書類は目に入っていたが 今は放っておいた。
「それより君の結婚だってば。」
「だからキラと…」
「冗談はそこまでにしといてね。」
 いつまで言ってる気だ この人。
 あくまでキラは冗談にしか取っていない。
「本気で言ってるんだけど。」
「…僕の性別考えてから言ってね?」
「性別は関係ない。」
 キラだから好きだと。
 いつもいつも言ってるのに。
 いい加減信じてくれたって良いと思うんだけど。
「…君の場合けっこう重要だって。」
 王子なんだから。しかも世継ぎ。
 そのツッコミはアスランの耳には届いてくれなかった。


「…じゃあさ。キラは俺が結婚しても平気なわけ?」
「は?」
 いつもと違う返し方にキラは怪訝な目をしてアスランを見た。
「だから、」

 グイッ

「うわっ!?」
 強引に腰を引き寄せられ 持ち上げられて、気がつけばアスランの膝の上。
 椅子に座りなおした彼に横抱きに抱っこされた形で、見下ろせば相手はいつになく真剣な表情で。
 カッと顔が熱くなった。
「ア、アスランっ!?」
 逃げようと身を捩ってもびくともしない。
 逆に腕の力は強くなった。
「俺が他の人にこういうことしててもキラは平気なんだ?」
「え…」
「俺はお前が俺以外の誰かに触れられるのは嫌だ。お前は違うのか?」
「……」

 アスランと何処かの姫君がこういうことを…
 僕は従者だから当然いつもそれを見なきゃいけない。
 嫌、かな…?
 ―――嫌かもしれない…

 けれど思い至った所でキラはそれらを振り切るように首を振った。
「君の場合はそういう問題じゃないだろ!?」
 ぺち、と彼の額を軽く掌で叩く。
「僕がどうのこうの言ってどうにかなるものじゃない。」
 僕は結婚しなくてもそう支障は無いけれど。
 アスランはそうはいかなくて。
 嫌だろうが何だろうが僕に止められるわけがない。
「キラ。そういうのは抜きにして、俺はお前の気持ちが知りたいんだ。」
 じっと見つめられて、綺麗な顔が間近にあって。
 恥ずかしさにキラは顔を真っ赤にしたまま目を逸らした。
「キラ…?」

「〜〜〜〜嫌だよ! そう言えば満足!?」
「…ホント?」
 その声は何処となく嬉しそうで。
 きっと笑顔なんだろう。
「そうだよっ 何回も言わせないでよっ!!」
「嬉しいよ、キラv」
 腕を引かれて身体がさらに引き寄せられる。
 そしてその勢いで頬にキスされた。
「アスランッ 離し…っ」
「嫌。」

 頬だけじゃ飽き足らないのか 首筋、喉もと、はては肌蹴た鎖骨にまで。
 そこまで来るとさすがにキラも慌てて 空いた手で彼の口を塞いだ。
「いい加減にしてよっ ここが何処だか分かってる!?」
「分かってるさ。」
 キラの抗議の声も聞く耳持たず。
 塞いでいた手の首を掴んで その平にもキスを落とす。
「〜〜〜〜〜何処が! とにかく下ろして!」
「良いじゃないか、別に急ぎのものはないんだから。」
「そういう問題じゃない!」
 もし誰か来たらどうするのさ!?
 こんな所見られたら誤魔化しようがない。
 そもそもアスランの方は誤魔化すなんてことも考えていない様子。
 誰も来ないことを切に祈った。



 しかし、無情にも。

 コンコンッ

「!!?」
「入って良いぞ。」
「ってアスラン! この状態で…っ」
「別に構わないさ。」
「僕は構うよ!!」
 必死で抵抗してみるものの、やっぱり力の差で勝てなくて。
 でも見られたくないからこの腰に巻きついた腕をどうにか外そうと試みる。
 恥ずかしさと少しばかりの悔しさでちょっと涙目が入った。


「失礼します。」
 それらの抵抗も空しく。
 たいして間も空かずに人が入ってきた。
 数枚の書類を手にして入ってきた相手はキラもよく知っている人物で。
 だからこそ余計に悲しくなる。
 アスランはといえば涼しい顔をしていて。
 それが無性に悔しかった。

「どうした?」
「はい。実は今年の小麦税の件、で………」
 言いかけて顔を上げた相手はそこで固まる。
 無理もないだろう。
 半端じゃなく美形の王子が、そこらの女性以上に愛らしい従者を抱っこしていて。
 膝に乗っけられている方の胸元は肌蹴ているし その相手はこっちを見ているものの顔はしっかり
 そこに埋めていて。

 何をやっていたのか一目瞭然。
 抵抗した様子はあっても全く効力が無いというところまで分かってしまう。
 よく見なくてもかなり怪しい構図。
 でもそれが物凄く絵になっているあたりさらに危ないかもしれない。

「お取り込み中でしたか…」
 最終的に出てきた言葉は 呆れが入っていたもののわりと冷静。
 邪魔するのも後が怖いなとか考えて。
「30分後にまた来るので。」
 くるりと踵を返す。
「サイ!?」
「気が利くな。」
 驚いて半泣きの声とクスクスと笑う余裕を持った声。
「でも30分しか待ちませんからね。」
 1度振り向いてそれだけ言うと戸を閉めた。




 そしてその後もう1度訪れた時。
 満面の笑みで満足そうな王子と、疲れ果てて青い顔をした従者の姿があったとか、無かったとか。







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キラはいただかれてませんよ〜 …まだ(マテ)




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