46話をアスキラ変換


 ふと、意識が戻ってきて1番に目に入ったのは心配そうに見つめているラクスで。
 身を起こすと その後ろでアスランも似たような表情で自分を見ていた。
 そこで自分が気を失ったことを知る。

 迷惑を… 心配をかけるつもりは無かったんだけど…

 立て続けに頭の許容範囲を超える出来事に遭ったせいで 心がもたなかった。
 知らなきゃ良かったと思った、自分の出生の秘密。
 守らなきゃいけなかった人をまた守れなかったこと。
 どれも僕には重過ぎた。

 迷いは無くなって、今僕はココにいる。
 でも、そんなに強くなったわけじゃない。
 僕は僕のままだ。
 誰かに甘えたいって心を隠してるだけで、強く見せてるだけで。
 本当はまだ弱いんだ。


「どうして…」
 その呟きにハッとする。
 カガリが、写真立てと彼女が渡されたあの写真を見比べていた。
 その表情は驚きに満ちていて。
 それもそのはず、それらは全く同じ物だったのだから。

 あの人が言っていた言葉が頭で繰り返される。
 "最高のコーディネイター"、果てなき欲望の果てに生まれたもの。
 僕は普通に生まれてきた存在じゃなかった。
 たくさんの犠牲の上に成り立った命。
 そんなこと、知りたくなかった…

 顔を上げたカガリと目が合って、だけど見ていられなくて目を逸らした。



 キラ…?

 カガリはそんなキラの様子に僅かに眉を顰める。
 一瞬目が合っただけで逸らされた瞳。
 その時 何故だか彼の痛みが自分にも伝わってきた。
 苦しい、泣きたい、そんな感情が溢れるように出てきて。
 気を抜けば自分の方が泣き出していた。

 …双子だからかもしれない。
 キラの痛みは自分の痛みだった。
 キラが苦しいと自分も苦しかった。
 そして、だから、キラが今1番望んでいるものが分かった。


 写真立てを元の位置に置いて、ベッド脇に寄るとキラを見下ろす。
 何かを我慢するように、微かに震えている肩。
 ここで何かを言ってやるべきなのかもしれない。
 けれど、カガリはキラに言葉はかけずにラクスの腕を引いた。
「カガリ…?」
 ちょっと驚いた様子だったけれど 彼女の瞳を見て何かを悟る。
 そして分かった、というように微笑んだ。

「「アスラン」」
 2人は声を揃えて彼を見、にこっと笑う。
「後は頼む。」
「私達は外に居ますから。」
 彼女達が何を言いたいのか、それで分かった。
 そして自分がこれからするべきことも。
 頷くと、2人はもう1度微笑んでから部屋から出て行った。



 *******



 2人が出て行った後、アスランはキラの傍に立つ。
 キラはまだ下を向いたまま動かなかった。

 何があったのか、聞きたいことはいろいろある。
 あのポットに乗っていた少女とキラの関係。
 でも キラがここまで憔悴している理由はそれだけではないと思う。
 きっとコロニーでも何かあったはず。
 写真のことといい、一体何を知ったのか。

 戦闘中も様子がおかしかったのは気づいていたから。
 他の誰でもないキラのことだから、分からないはずがない。
 キラが隠しても俺には分かる。

 けれど それら全ての疑問は心の奥に押し込めた。
 今 キラに必要なのはそれじゃない。


「…キラ。」
 それにビクリ、と肩が反応する。
 彼の身体中に緊張が走って強張っていくのが分かった。
 だからそれ以上怖がらせないように、そっと頭に手を置く。
 昔、泣いているキラにそうしたように。
 サラサラと流れる髪を優しく撫でる。

「俺の前で無理する必要はない。」
 さっきみたいに、大丈夫なんて言って無理に笑う必要なんてないんだ。
 けれどキラは首を振る。
 ぎゅっと、強くシーツを握り締めて。
 白んだ手は痛々しかったけれど。
 顔を上げたキラは 明らかに無理してるという笑顔でアスランを見た。
「もう泣かないって、決めたから…」
 何でもないように本人は装っているつもりなのだろう。
 胸が締めつけられるようだった。

 昔からそうなんだ。
 普段は我が儘で甘ったれなくせに 本当に苦しい時は隠そうとする。
 でも他は騙せても俺は騙せない。
 ずっと見てきたんだ。
 お前のことは俺が1番よく知ってる。

「キラ…」
 その名を紡いだ次の瞬間には もうキラを抱きしめていた。
 無意識に近い行動だったかもしれない。
 それでも構わずさらに力を込める。
「ア、アス…っ」
 驚いたような、慌てたようなキラの声が聞こえた。
 けれどそれは聞こえないフリをして。
「今ここには俺しか居ない。」
「…?」
 キラが戸惑っている雰囲気が肩越しに伝わってくる。
「お前が泣き虫なのは俺がよく知ってるから。」
 泣いているお前を慰めるのは俺の役目。
 昔からそうだっただろう?
「泣いて良いんだ。」
 またピクリとキラの体が反応した。
「全部受け止めるから。」

 だから1人で何でも背負い込むな。
 お前には俺がいる。
 ずっとお前の傍にいる。

 少しずつ、キラの身体から力が抜けていくのが分かった。
 そして少し身体を離してキラの顔を覗き込めば、大きな瞳には涙が溜まっていて。
 微笑ってやれば簡単に涙は溢れた。
「アスラン…っ」
 胸に飛び込んできたキラを抱き留めて、背中をポンポンと叩く。
 ずっと抑えてきたものを全部吐き出すかのように大声で泣き叫ぶキラは正直痛々しかったけれど。
 やっと自分を頼ってくれた安堵感もあって。
 不謹慎だと思って苦笑いが出た。

 体勢に無理があったから 器用に壁を伝ってベッドに腰を落ち着ける。
 壁を背凭れにしてキラを抱き込んで。
 泣きながら自分の名を呼ぶ度に強く抱きしめた。
「キラ… 大丈夫だから…」
 何度もそう呟いた。
 少しずつ声が小さくなって、それが規則正しい寝息に変わるまで。
 何度も同じ言葉をキラに降らせた。


「―――お前は俺が守るよ。」
 全ての悲しみ、苦しみからも。
 俺はお前と居ることを選んだから。
 泣き腫らして熱くなった瞼にキスを落とす。
 今はもう安らかに眠るキラに。

「好きだよ。」

 囁いて、もう1度瞼に唇で触れた。







---------------------------------------------------------------------







BACK