彷徨う腕
「キラーーっ!!」
廊下に響く声に、またかとアスランは足を止めた。
声がした方を振り返れば よく見る光景がそこには映る。
視界の端に映る程度の位置。
向こうは気づいていないようでも こちらからははっきりと見えてしまう。
それは目が追うからなのか 相手がよく知る2人だからなのかはよく分からないが。
首にがっしりしがみついた彼女を キラが宥めるようにポンポンと頭を叩く。
「今回は何があったの?」
呆れているような声ではなくて、優しく包むような。
まるで兄か―――父親のように。
「〜〜〜何でもない! けど ただ…っ」
「また、夢を見た?」
静かなその声に、ビクリとカガリの肩が跳ねる。
それを安心させるように、今度は背中を叩くようにして。
「だから来たんだよね。…うん。いつでも来て良いよ。僕で良いならいつでも受け止めるから。」
「キラぁ…」
力の抜けた声で、けれど腕の力はさらに込める。
泣き出しそうになる彼女にさすがにキラも慌てた。
「へ、部屋に行こう、カガリ。ここじゃ目立つから。ね?」
こくりと頷いた彼女に安心して、キラは彼女の肩を抱き込んでその場を離れる。
それもよくある光景で、だからアスランは部屋と反対の食堂の方へ進路を向けた。
最近、何かがあるとカガリはああやってキラに抱きつこうとする。
触れていないと不安なのだろうと 当のキラは笑って言っていたけれど。
キラに抱きつくのはどうやら彼女の癖らしい。
他では見たことがないし、俺が思わず抱き寄せた時はうろたえていた。
彼女にとって、キラは特別なのだろう。
だからああいうことができる。…キラにだけは。
別にそれに苛立ちは覚えないが、疎外感というか。
少し寂しい感じを受けるのは確かで。
1度逃がしたタイミングで、差し出す腕は失くしてしまった。
それが少し悔しくて、もどかしく思った。
*******
「何をそんなに悩んでるの?」
自分の分と彼の分、2人分のカップをテーブルに置いて座ると、キラが覗き込んでくる。
どうやらそうとう難しい顔をして考え込んでいたらしい。
ついでに言えばキラが来ていたことにも呼びかけられるまで気づいていなかった。
「アスラン?」
「あ、いや…」
少し間を置いて。
視線を遠くへ飛ばすように虚空へやった。
「―――俺はカガリに何をしてやれるんだろうな、と思って。」
ぽつんと返した答え。
それにキラはきょとんとする。
意外な言葉だったのだろう。
「カガリに?」
「…俺は何度もカガリに救われた。」
キラを殺したと思ったときも、父と敵対してしまった時も。
真っ直ぐな言葉と態度で、俺に力をくれた。
「でも、俺からは彼女に何も返してないなと思ったら… なんか情けなくなった。」
逃がしたタイミング。
父を失い悲しむ彼女を支えたのは俺ではなく目の前のこいつ。
それからずっと 差し出そうとした腕は彷徨ったまま。
「そんなの、君も同じようにすれば済むことじゃないの?」
「簡単に言うな。」
できないから悩んでいる。
それを簡単にできるキラを羨ましく思うくらいに。
「第一 その場合に必要なのは俺じゃないだろ。」
「は?」
「カガリが1番頼りにしてるのはキラだからな。」
「えー?」
心底意外だと言わんばかりの反応だった。
思わず眉を顰める。
「何でそこでその返答が返ってくるのかは理解できないが… 悩んでいる時相談するのも泣いてる時
慰めるのもお前の役目だろ。」
「そうだっけ?」
「そうなんだよ。」
彼女の弱音、それを聞けるのはキラだけだ。
俺は彼女に支えてもらいながら、支えてはいない。
それはキラの役目だから。
そう思うとやはり心の隅が寂しくて。
あの時手を差し出していたのが俺だったら、今 何か変わっていただろうか。
あれは単に男として見られてないだけだと思うとか、ブツブツ言っていたキラがふとアスランを
見た。
何かに気づいたらしい。
「てか 僕に妬かれても困るんだけど。」
呆れ混じりの声にバツが悪くて視線を泳がせる。
「言うな。俺も不毛だと分かっている。」
相手は唯一の肉親で、誰よりも近い双子という存在で。
それを抜いたとしても 元々付き合いの長さも違う。
敵わないのは百も承知だ。
でも仕方無いじゃないか。
それでも感情はそう納得してくれないのだから。
「まぁ、僕もカガリに頼られるの嫌じゃないから、あんまり渡したくないんだよね。」
気分はお父さんかな?なんて言って。
言葉を失くして息を呑んだアスランにキラは微笑う。
「まずは僕より先に認識してもらうことからだね。」
だんだん声が近づいてくる。
そして居住区は重力がかかっているからドタバタと騒がしい足音も。
もうすぐ何が起こるかは想像がつく。
「キラ!!」
予想通りの少女の登場に 2人してそちらに視線を移す。
目が合った途端 彼女はパッと表情を明るくして。
次の瞬間には力の限りに突進して抱きついてきた。
「キラっ 練習に付き合ってくれ! あいつらムカツク!!」
どうやら何かあのアストレイのパイロットの少女達にからかわれたのだろう。
それに苦笑いしつつ はいはいと肩を叩く。
「―――じゃあ、そういうことで。」
抱きつかれたまま立ち上がって。
その彼女ではなくその反対にいた彼の方を振り向いた。
「話の続きは帰ってからね。」
「え? あ。アスラン いたのか。」
キラしか見てなかったから気づかなかった、と。
トドメの一撃がアスランに刺さる。
彼女に悪気はないのだろうが、キラが不憫に感じるほどにはショックだった。
「先は長そうだ…」
2人が去った後、1人残されたアスランはボソリと呟いた。
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アスラン、彼女を手に入れるためには弟に勝たなければいけないの図。
アスカガってゆーよりキラカガ…?
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