49話前提


「アスラン!」
 振り返った彼の元へカガリが走ってくる。
 それを待ってからアスランは問うた。
「カガリ。どうしたんだ?」
「な、デュエルのパイロットってどれ?」
 突然の問いに、アスランは「は?」と間抜けな声をあげた。
 確かに一緒に戦いはしたが、2人の接点が見つからなかったのだ。
 けれどそれもよく考えることなく アスランは視線を巡らし目的の人物を探す。
「えーと。ほら、あの銀髪の奴だ。」
「分かった。サンキュ!」
 彼が指差した方向を確認すると 軽く手を挙げてすぐに彼女は去っていく。

「って、え? カガリ!?」
 目的が分からなくて呼び止めようとしたのだが、彼女には全く聞こえていなかったようで。
 アスランの呼びかけも空を彷徨っただけで消えていった。



「よっ」
 友達に対する気さくさで、後ろから彼の肩を叩く。
 相手は少し驚いた顔をした後で 怪訝な視線を向けた。
「誰だ 貴様は?」
 それもまぁ 当然の言葉。
 彼はその顔を初めて見たのだから。

 けれど彼女は気にしていない風に笑顔を向けた。
「お前に助けてもらったストライク・ルージュのパイロットだ。あの時は助かった。
 ―――ありがとう。」
 素直に出てきた感謝の言葉。
 言われ慣れていない彼にとって それは驚きの対象で。
 しかも笑顔なんて向けられていたものだから、彼は照れなのか何なのか分からず視線を空へと
 逸らした。
「いや… 俺はただ…」
 地球軍のMSを倒すついでに、と告げようとした所でそれは止められた。
「ついででも私は助かったんだ。例を言わせてくれ。」
 有無を言わせないが優しい声音。
「…分かった。」
 彼にしては珍しく素直な返事。
 彼女はそれを知らなかったけれど、「良し」と笑って応えた。


 そんな良い雰囲気になってきた所で アスランが追いついてきた。
 どうやら来る時に誰かに捕まっていたので遅くなったらしい。
 イザークの睨むような視線は受け流してカガリを見る。
「カガリ。イザークに何の用なんだ?」
「イザークと言うのか? お前。」
 けれどアスランの問いには答えずにイザークの方を向き直る。
「…ああ。お前はカガリ、か。」
「そう。まぁこれからよろしくな。」
 彼女がそう言って差し出した手に一瞬の躊躇いを見せたが彼もまた手を出す。
 そうして仲良く握手を交わす2人だが、その間当然アスランの存在は無視だ。
「カガリ… 質問に……」
 別にそれに怒りはしないが、少々疲れたようにアスランは横から声を出した。
 それに振り向いた彼女は、ちょっと睨むような視線を送る。
「誰かさんがいない間に死にかけてな。」
「え!?」
 知らされてもいなかった事実にアスランはショックを覚える。
「助けてもらった。だから彼は命の恩人だ。」
 また振り向いて笑顔を向けると、照れているのか向こうもまた視線を逸らした。

「…そう、だったのか…… すまない、というべきなのか…」
 ともすれば失ってしまったかもしれなかった。
 それを知ってアスランは愕然となる。
 その時自分は彼女の危機を察してもいなかったのだ。
「守る」と、そうはっきり言ったはずなのに。

 俯く彼に、彼女はさらに追い討ちをかける言葉を浴びせる。
「すまないで済めば良いな。イザークがいなかったら私は死んでたぞ。」
 下を向いているアスランには分からないけれど、その表情は少し面白がっている感があって。
 確かに危なかったけれど、自分は今生きているから。
 彼だって万能じゃない。それは分かってる。
 でも、やっぱりちょっとは腹が立っているのだ。
 それはただの我が儘でしかないけど。
「"君は俺が守る"なんて殺し文句言ってあんなことまでしておいて。」
「……」
 アスランは返す言葉もない。
 最後の言葉には思い出して頬を赤らめたが、幸いそれはカガリには見えなかった。

 もう少しくらい、良いかな。


 何も言わないアスランに背を向けて、カガリはイザークに笑いかける。
「礼に何か奢る。」
「…は?」
 不思議そうにしている彼に 彼女は覗き込むような視線を送った。
「借りを作るのは嫌いなんだ。…今はダメか?」
「別に… そんなことはないが…」
 肯定の意を示せば彼女はこの上なく嬉しそうな顔をして。
「じゃあ決まりだな♪ こっちこっち。」
 そう言ってイザークの腕を引く。
 ハッと顔を上げたアスランの目にそれははっきりと映っていて。
 しかも それに抵抗をしないイザークを見て、僅かな危機感を覚えた。

「…っ」
 言葉が出なくて、でも止めようと手を伸ばそうとする。
 けれどそれを知ってか知らずか、いったん止まって振り向いた彼女の口から出た言葉は。
「お前はついて来るなよ。2人で食べるんだからな。」
 分かりやすいほどショックを受けたアスランに、イザークはさすがに苦笑いを浮かべた。


「その辺にしといてやれ。」
 別にアスランを弁護したかったわけでもないが。
 どうやら誤解を受けたのは分かった。
「お前の怒りも分かるが、奴もさすがに反省しただろう。」
 カガリの方は、まだ少し釈然としない様子だ。
「でもっ まだ借りも返してないし…」
「それなら、アスランの間抜けな面が拝めたことでチャラだ。」
「??」
 分からない、といったカガリの表情を受けて、イザークは面白いというような笑みを作った。
「普段すました面しか見せない奴には よくむかついたものだが。…珍しいものが見れた。」

 コレが元エースパイロット。
 常に俺の上をいっていた年下の同僚ね。
 呆けて顔面真っ青にして、余裕なんか無さそうで。
 俺の前で見せるんだからよほどショックだったんだろうな。

「じゃあな。」
 それだけ言って、彼は去っていった。



「…守れなくて ごめん……」
 突然カガリの肩に頭をもたげてきて。
 しばらくの沈黙の後に告げられた言葉。
 内心、ちょっとやりすぎたかとも思ったけれど謝るつもりはない。
 だから。
「…2度と繰り返さないなら許す。」
 ぶっきらぼうに答えた。
 でもそれは一応許したという言葉だから。
 顔を上げたアスランの表情はまだ少し罪悪感が残っていたようだけれど。
「…分かりました。姫君。」
 苦笑いで誓ってくれた。







---------------------------------------------------------------------






BACK