気を失って横たわる彼女の 青ざめた頬を撫でる。 そこに残るのは痛々しい涙の跡。 ―――それに胸が痛まないわけではない。 自分が彼女に何をしたかも十分理解していた。 それでも止められない。 彼女に向かう感情は、ただ優しいだけのモノじゃないから。 「へーか。李順さんが探してたよ。」 物陰からひょこっと浩大が顔を出す。 …今更何を見られても驚きも動揺もしないが。 「ああ、分かった。」 姿を消していたのはそこまで長い時間でもなかったが、李順が不審に思うのは当然だ。 変に詮索されるのも嫌なので、仕方なく腰を上げた。 「八つ当たり、かわいそーお妃ちゃん。」 後ろをちらりと見た浩大は苦笑い。 自覚はあるから否定もせずに無言で通す。 すぐに戻るつもりで、彼女を残したままで部屋を出た。 ―――扉が閉まった後に、彼女が目を覚ましたことには気づいていなかった。 李順には適当に理由を付けて抜け出し、短時間で戻ってきたのにすでに抜け殻だった。 きちんと畳まれた外套は彼女の律儀さを表しているのだが。 「―――逃げたか。」 我ながら底冷えするほど冷たい声が出た。 治まりかけた感情が再び芽を出す。 動けないから逃げないと思ったら、どうやら甘かったらしい。 「…相変わらず元気な兎だ。」 冷たくなった外套を拾い上げて羽織る。そこに微かに残る彼女の香り。 しかし、欲しいのは残り香ではなく彼女自身だ。 「どこだ…?」 香りの元を追いかけて、黎翔は再び踵を返した。 * 「―――断りました。」 絽望の姿が消えた後、前を見据えたままで彼女が言う。 「ああ。」 「これで、誤解は解けましたか?」 くるりとふり返った夕鈴はもう泣いていない。 強い瞳でこちらを真っ直ぐに見据えてた。 (ああ、そうか…) 彼女は白い花。 私にさえも染まらない――― 「―――――…」 感情に突き動かされるがまま無言で彼女を抱きしめた。 出来るだけ優しくしたつもりだが、夕鈴の身体はビクリと強張る。 それでも抵抗はされなかった。…彼女は本当に優しい。 「……信じていないのは私か。」 分かっている。彼女は裏切らない。 彼女は最初に言った言葉の通り、いつでも自分の味方だ。それは誰より知っている。 彼女は変わらない。染まらない。 それは分かっているのに、止められない。 「君を愛している。こんなに誰かを深く愛したのは初めてだ。…君だけなんだ。」 「陛下…?」 そろりと彼女が顔を上げる。 けれど目が合わせられなくて腕の中に閉じこめた。 「この深すぎる想いが君を傷つける。…それでも離れられない。」 ―――離せない。 他に何も要らない。彼女だけいれば良い。 これは独占欲などという生易しいモノではない。 執着、妄執… もっと深く昏いモノ。 いつか彼女を壊してしまうかもしれない。 たとえ彼女の心が離れても、自分は彼女を離せないから。 「……陛下、私は貴方が好きですよ。」 奪うだけの私に、彼女は与え続ける。 「ああ。」 その度に救われる。 ―――それでも心の奥底の闇は拭えない。 手に入れたはずなのに、時折不安に襲われる。 その度に焦り、彼女を縛って傷つける。 それは何故か。 …答えはまだ見つからない。 2012.3.19. UP --------------------------------------------------------------------- 陛下が病んでますね(汗) 手に入れた「はず」なんですよねーってゆー話です。 陛下は夕鈴が離れること、拒むことを極端に嫌がっています。 手に入れたのに、いや 手に入れたからこそというのか。 まあそこに2人の意識のすれ違いがあるんですけど。 ってゆーシリアスをですね。考えてるとキリなくなっちゃってですね。 こんな話が出来上がってしまいました… 次からはいちゃ甘に戻ります。てか戻します。 …いえ、裏の話ではなくて。 えにょ話は気力が要るのでなかなか書けません〜(汗) では、ここまでお読み下さり、ありがとうございました〜